第2章 労働時間・割増賃金

8.(無許可残業と残業時間の証拠)

「無許可残業を理由に残業代の支払いを拒めるか?」
判例:ゴムノイナキ事件(大阪高裁平成17年12月1日判決)

負け判例の概要

(省略)

なぜ会社は負けたのか?弁護士のポイント解説

 

昨今、経営者から、「従業員が無許可で残業して困る」「ダラダラ残業して何をしているか分からない」と相談を受けることが少なくありません。このような無許可残業に対して、経営者の中には、「勝手に残業しているのだから、残業代など支払う必要がない」という程度の意識しか持たれていない方も少なからず散見されます。

ゴムノイナキ事件は、このような無許可残業に対する重要な解釈を示した判決として実務上大いに参考になりますので、本書でも紹介させていただきました。また、ゴムノイナキ事件は、少ない証拠からでも残業時間が認定されるリスクがあることも示唆しています。

ゴムノイナキ事件は、残業時間(労働時間)の証拠がXの妻のノートなどしかなく、かつその少ない証拠も「必ずしも正確なものではない」と評価されています。

ところが、このように残業時間(労働時間)の証拠が少ない状況にありながら、本判決は、結論として、Xが平均して午後9時までは就労しており、この就労については超過勤務手当の対象となると判示しました。

どうして会社は負けてしまったのでしょうか。本件で会社が負けた決定的理由は以下の2点です。

1 タイムカード等による出退勤管理をしていなかったこと

Xの主張する業務終了時刻に関して、平成13年5月から同年8月及び平成14年4月から同年6月までの期間については、これを裏付ける客観的証拠は皆無であり、平成13年9月から平成14年3月までの期間についても、これを裏付ける証拠は、日直当番戸締まり確認リストの記載(ただし、合計5日分の記載のみ)のほかはXの妻が記載したノートしか存在しませんでした。

しかも、Xの妻記載のノートも、帰宅時間しか記載されていないため、Xが途中で寄り道をした場合にはそれだけでは退社時刻の把握が困難であるし、Xが帰宅した際に妻が就寝していた場合には、Xが翌朝妻に帰宅時間を告げていた程度のものですから、その時間は必ずしも正確なものではなかったのです。

労働時間の立証責任(立証できなければ敗訴のリスクを負う責任)は、労働者側にありますので、本来、この程度の証拠関係でしたら、労働時間を立証できず、労働者側敗訴で終結していたのでしょう。

しかしながら、本判決は、「タイムカード等による出退勤管理をしていなかったのは、専ら被控訴人の責任によるものであって、これをもって控訴人に不利益に扱うべきではない」としたうえで、「具体的な終業時刻や従事した勤務の内容が明らかではないことをもって、時間外労働の立証が全くされていないとして扱うのは相当ではない」と判示しました。

このことが原因で、労働時間に関する確たる証拠がなくてもある程度概括的に時間外労働時間を推認すべき(結論として午後9時まで就労していた推認されている)と判断されたのです。

このように、タイムカード等による出退勤管理をしていなかったことが敗因の一つとなっています。

なお、本判決では、タイムカードを導入しないなど自ら出退勤の管理を怠っていたことや労働基準監督署から是正勧告を受けていた等、悪質性が高いと判断されて、超過勤務手当と同額の付加金の支払を命じられています。

2 無許可残業している従業員を放置していたこと

労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の明示又は黙示の指揮命令ないし指揮監督の下に置かれている時間であると解されています(三菱重工業長崎造船所事件:最高裁平成12年3月9日判決参照)。

本判決は、労働時間に関する上記解釈を参照して、Xの無許可残業について、「明示の職務命令に基づくものではなく、その日に行わなければならない業務が終業時刻までに終了しないためやむなく終業時刻以降も残業せざるを得ないという性質のものであるため、Xの作業のやり方等によって、残業の有無や時間が大きく左右されることからすれば、退社時刻から直ちに超過勤務時間が算出できるものでもない」と判断しています。

この結論で判断が終了すれば「無許可残業≠労働時間」となり会社の全面勝訴でしたが、本判決の判断には続きがあります。

すなわち、本判決は、「会社自身、休日出勤・残業許可願を提出せずに残業している従業員が存在することを把握しながら、これを放置していたことがうかがわれることなどからすると、具体的な終業時刻や従事した勤務の内容が明らかではないことをもって、時間外労働の立証が全くされていないとして扱うのは相当ではない」と判示しました。

このことも原因で、労働時間に関する確たる証拠がなくてもある程度概括的に時間外労働時間を推認すべき(結論として午後9時まで就労していた推認されている)と判断されたのです。

確かに、大阪営業所では、平成4年夏頃、A所長の就任を機に、許可願の提出が厳格に求められるようになりましたが、それだけでは足りなかったのです。終業時刻後に残業許可願を提出せずに残っている従業員の存在を把握しているならば、速やかな帰宅を促すべきでした。

なお、大阪営業所においては、業務のためばかりではなく、スキルアップのための読書をしたり、家庭内の問題等から、営業所で仕事と関係のないパソコン操作をしたり、近くの飲食店で食事を済ませた後、営業所に戻り、その後帰宅したりする従業員もいたようです。このような従業員を放置しては、無許可残業についても残業代の支払いを命じられるリスクが残ると肝に銘じておくべきです。

本件の負けたポイントをまとめますと、以下の2つとなります。

  裁判で負けたポイント
1 タイムカード等による出退勤管理をしていなかったこと
2 無許可残業している従業員を放置していたこと

勝つために会社は何をすべきか?社労士のポイント解説

 

1.時間管理は、厚生労働省の通達に従え!!

事前法務の目的のひとつは、現行の労務管理の合法化です。裁判になった場合、労働基準監督署から調査された場合に労働基準法に照らして法違反を冒していないことを証明する準備を事前に行うことです。

労働時間に関する労務管理の事前法務を行うにあたって、具体的な手法を検討するためには、厚生労働省が発表している通達や基準等に沿うことがもっともよい方法といえます。

労働基準監督署の調査の際に、「○年○月○日付け基発第○号に沿っています」と主張し、それが証明できれば、労働基準法違反に問われることはありません。

厚生労働省は、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」(平成13年4月6日付け基発第339号)を発表しました。ここで、「使用者は、労働時間を適正に把握するなど労働時間を適切に管理する責務を有していることは明らかである。」とし、「労働時間の把握に係る自己申告制の不適正な運用に伴い、割増賃金の未払いや過重な長時間労働といった問題が生じているなど、使用者が労働時間を適切に管理していない状況もみられる」として、「使用者が始業、終業時刻を把握し、労働時間を管理することを同法が当然の前提としていることから、この前提を改めて明確にし、始業、終業時刻の把握に関して、事業主が講ずべき措置を明らかにした上で適切な指導を行う」としました。

厚生労働省が「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置を具体的に明らかにする」とした内容は次の通りです。

1 始業・終業時刻の確認及び記録 労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、これを記録すること。
2 始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法 ア 使用者が、自ら現認することにより確認し、記録すること。
イ タイムカード、ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し、記録すること。
3 自己申告制により始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置

ア 自己申告制を導入する前に、その対象となる労働者に対して、労働時間の実態を正しく記録し、適正に自己申告を行うことなどについて十分な説明を行うこと。

イ 自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、必要に応じて実態調査を実施すること。

ウ 労働者の労働時間の適正な申告を阻害する目的で時間外労働時間数の上限を設定するなどの措置を講じないこと。
時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が、労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに、当該要因となっている場合においては、改善のための措置を講ずること。

4 労働時間の記録に関する書類の保存 労働基準法第109条に基づき、3年間保存すること。
5 労働時間を管理する者の職務 当該事業場内における労働時間の適正な把握等労働時間管理の適正化に関する事項を管理し、労働時間管理上の問題点の把握及びその解消を図ること。
6 労働時間等設定改善委員会等の活用 必要に応じ労働時間等設定改善委員会等の労使協議組織を活用し、労働時間管理の現状を把握の上、労働時間管理上の問題点及びその解消策等の検討を行うこと。

2.始業・終業時刻の把握は会社の義務!!

通達であるとおり、「始業・終業時刻の把握は会社の義務」です。「時間管理を行っていない」、「本人に任せている」という主張は法的には通りません。印鑑だけを押した出勤簿も時間管理しているとは言えません。まずは、始業・就業時刻の把握が絶対必要である前提でスタートしてください。

3.始業・終業時刻の原則的な把握方法は大きく2つ!!

始業・終業時刻の原則的な把握方法は大きく2つです。

1つ目は、「現認する方法」です。使用者の義務は、労働時間の適正な把握ですので、現認する方法をとれば、必ずしもタイムカード等を利用する必要はありません。現認とは、「実際にその事実や事情の生じた現場にいて知っていること。」です。つまり、上司が毎日当該労働者よりも早く出勤して始業時刻を確認し、毎日当該労働者よりも遅く退勤して終業時刻を確認する方法です。この方法は現実としてどれほどの企業が適用できるか疑問が残ります。

2つ目は、「タイムカード、ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し、記録する方法」です。タイムカード、ICカードの他に、指紋認証による記録、静脈認証による記録、クラウドの勤怠システムに打刻する方法等、ITの進化により客観的な記録の方法が進化しています。こうした「客観的な記録を基礎として確認、記録する方法」です。

タイムカード等は不当・虚偽の残業代請求を排除する武器ともなるものです。タイムカードがない場合には、労働者のメモであっても裁判等で採用されることがあります。手書きのメモの矛盾がいくつも明らかになったメモであっても証拠として採用されている例があります。

タイムカード等を確認して適正な職務配分を行って、はじめて時短に繋がります。タイムカード等により、生産性管理を行うことがよいでしょう。タイムカード等で客観的に時間管理を行うことは、会社の義務である安全配慮義務を果たすことになります。

4.自己申告制の場合には、3つの基準を守れ!!

原則的な方法によらず、自己申告制を採用する場合には、次の3つの基準を守る必要があります。

1つ目は、「申告制を導入する前に、労働時間の実態を正しく記録し、適正に自己申告を行うための説明」を行ってください。説明会の記録を取っておくとよいです。

2つ目は、「自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、必要に応じて実態調査を実施」してください。ゴムノイナキ事件では、「残業許可願を提出せずに残業している従業員の存在を把握しながら、これを放置していたことがうかがわれる」とされました。直接的に残業を命令する「明示の指示」ではなく、暗黙に残業を命令する「黙示の指示」により「使用者の指揮命令下にある」と認定されます。

実態調査といっても難しくありません。上司が月に何回か遅い時間まで残って自分の目で見てみればいいわけです。実際に自分の目で見て、実際に作業をしていれば、残業許可書を提出するように指示し、ゲームで遊んでいるようであれば、退社するように指示すればよいのです。

3つ目は、「労働者の労働時間の適正な申告を阻害する目的で時間外労働時間数の上限を設定しないこと」です。また、「時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が、労働者の労働時間の適正な申告を阻害していないか確認し、改善すること」です。

例えば、「当社は、残業は月間30時間しか残業を認めない」としていること等です。このこと自体は違法ではありませんが、実態として30時間を超える残業がある場合には違法となり、未払い残業代の支払いを行う必要が出てきます。

また、「月間30時間以内の残業を死守しよう!」といった社内通達であっても、「30時間以上はサービス残業とせよ!」という趣旨が実態としてあった場合には、黙示的な指示があったとされる場合があります。「定額残業30時間」として、実際にそれ以上の残業があった場合であっても残業代を支払わない場合も違法です。

5.無許可残業を撲滅させよ!!

残業とは、使用者が命令によって行うものです。残業時間といえども使用者の指揮命令下にあります。労働時間とは使用者の指揮命令下にある時間だからです。勝手に残業させることが間違った考え方なのです。労働者の自主性という甘美な言葉が日本の低い労働生産性の元凶です。自己申告制をとる場合であっても、自己申告制をとらない場合であっても、残業は許可をとって行わせることを目指すべきです。そのうえで、無許可の残業を撲滅させてください。

ノー残業デー、文書による残業禁止命令、所定労働時間になったら帰社を促すアナウンスや音楽を流す、消灯、施錠といった施策はいろいろ考えられます。なんらかのアクションを起こすことが必要です。

これは、必ず、労働生産性の向上に寄与します。万が一、残業を抑制して仕事が終わらないのであれば、人員を新規に採用してください。そもそもの要員計画が間違っているのです。

6.終業時間後に残っている社員の実態把握をせよ!!

無許可残業が行われている場合は、何をしているか調査してください。管理者が監視する、監視カメラを設置する、業務日報を記載させる、サーバー等によりパソコンの使用状況を確認する、他の従業員の証言を聞くといった把握方法が考えられます。

職場に残って、業務とは関係のない私的なことをしている場合は、帰宅を促すよう指導をしてください。