労働法務
2022.10.11
季節性インフルエンザ罹患で賃金を支払う必要あるか?
- 社員の一名から、季節性インフルエンザに罹患した、との連絡が入りました。本人は出社を希望していましたが、会社は集団感染防止のため、自宅で療養するように命じました。 ところが、後日その社員から「休んでいた期間は、会社都合で休まされたのだから、一定金額賃金を払ってもらわないと困る」と言われました。賃金は支払うべきでしょうか?
休業手当(賃金の60%)を払った方が無難です。
会社として、インフルエンザ等の集団感染を避けるため、罹患した社員やそのおそれがある社員には、出勤を控えてほしいと考えるのは当然のことです。それでは、本件のように会社が社員を業務命令で休業させた場合、①反対給付たる賃金の全額、あるいは②その6割にあたる休業手当(労基法26条)を支払う義務があるのでしょうか。この点については、直接の裁判例は存在しないため、法の趣旨に遡った検討が必要となります。
まず、「①反対給付たる賃金の全額」については、支払う必要がないということで、ある程度見解が一致しているといえます。法の趣旨から遡っても、「社員のインフルエンザに基づく自宅療養」は「使用者の責に帰すべき事情」とは言えないことは明らかで、民法536条の適用がないとする結論は妥当であるといえるでしょう。
他方で、「②休業手当の支払い」については、見解が分かれています。感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律において就業制限がかけられるのが「鳥インフルエンザ」ないし「新型インフルエンザ」であり、「季節性インフルエンザ」がその対象から除かれていることを根拠に、「季節性インフルエンザによる自宅療養命令は、休業手当支払いの対象となる」とする論者も多いようです(実務上、そのように指導する労基署も存在するようです)。
しかしながら、法の趣旨に遡って考えた場合には、むしろ労基法第26条にいう帰責事由には該当せず、休業手当の支払義務はないと解釈するのが自然であるといえます。労基法第26条にいう帰責事由は、確かに「民法536条より広い」と一般的にいわれているものの、そこにおいて想定されているのは、あくまで「使用者側に起因する経営上の障害(ノースウエスト航空事件-最二小判昭62・7・17)」であり、本件のような「社員がインフルエンザに罹患した場合」はかかる事例に該当するとはいえないからです。さらに厚生労働省の通達においても、労働安全衛生法に基づく健康診断の結果に基づいて労働者を休業させた場合は、休業手当の支払いは不要であるとされており(昭23・10・21基発1529号、昭63・3・14基発150号)、季節性インフルエンザを理由とする自宅療養は、むしろこの場合に類似するものと考えられるため、やはり休業手当は不要であるといえるでしょう。
なお、いずれにせよ、その後の紛争リスクを避けるため会社としては、発熱した状態では完全な労務提供が困難であること及び発熱中はもちろん、解熱後2日程度は他の社員に感染する可能性があることを理由に出勤を控えてもらうよう説諭し、納得を得ることは非常に重要です。
季節性インフルエンザ罹患で賃金を支払う必要あるか悩んだ場合は、沖縄の社会保険労務士法人堀下&パートナーズにお問い合わせください。
「始末書を提出しない社員に新たな懲戒処分をくだせるか?」については、こちらをご覧ください。